サステナブルな未来の たね

仕事の分野のせいか…「sustainability、持続可能な世の中」というwordは、これでもか と出てくる。
持続可能な未来のために、あれこれ考えることは言うまでも無く良いこと、
それ以上に 特別な努力無しに意識するべきこと である と考えている。

というのは前置きで、

今朝のヒトコマ:

たまたま収集時間に表に出ていたわたし
ゴミ収集車のおじちゃんと交わした会話
– – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – –

おじちゃん:「おはようございます」

わたし:「おはようございます」

おじちゃん:「寒くなってきましたね…いつもありがとうございます」

わたし:「いえいえ、こちらこそありがとうございます」

おじちゃん:「また よろしくお願いします」

わたし:(収集車お見送り)

– – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – –
収集する側 がだよ…
ゴミを出してくれてありがとう…なのか
収集という仕事があるのは(みんなの)ゴミのおかげ…なのか
この 謙虚さ(といって良いの?)、やってやってるぜ感みたいなおごりも嫌々やってる感… なんてどれも皆無の
心洗われるような短い やりとり

きっと、おじちゃんの お人柄 そのものなんだろうけど
この「人柄」のモトというか そこから感じ取れる「謙虚さ」…

自分と人の間に「素直にありがとう」を見つけられる、置けること

うまく言えないけど、こういうキモチが「サステナブルな未来」につながる…
素晴らしいソフトやハード、仕組みやシステムなんかも開発・進化されている
それはそれで大切、とても良いこと

でも おじちゃんの その人柄 は
どんなステキなモノに囲まれていても
サステナブルな未来のために

…なくてはならない存在「たね」だな…と

人の力をあらためて感じさせられました

そんな 未来の「たね」の話でした <(_ _)>